
ピアノ練習の落とし穴を避けよう!3つのNG習慣と上達のコツ

はじめに:あなたの練習、本当に効果的ですか?

こんにちは!かなくぼピアノ教室、講師の金久保です!
仕事から帰宅して、疲れた体を引きずりながらピアノの前に座る。今日も30分、いや1時間は練習しよう。でも、なんだか上達している実感がない…。同じところでつまずいて、先月と変わらない自分がいる。
こんな経験、ありませんか?
実は私も、30年以上ピアノを弾いてきた中で、同じような壁にぶつかったことが何度もあります。練習時間は確保しているのに、なぜか思うように上達しない。そんな悩みを抱えている方は、きっと多いはずです。
ところで先日、私がX(旧Twitter)に投稿した「ピアノ3大やめとけ」という内容が、予想以上の反響をいただきました。
多くの方から「耳が痛い!」「とても参考になりました!」というコメントをいただき、改めてこの問題が普遍的に存在していることを感じました。
今回は、その投稿で触れた3つのNG習慣について、もっと詳しくお話ししたいと思います。実は、これらの習慣を避けるだけで、練習効率は驚くほど向上するんです。しかも、最新の脳科学や認知科学の研究が、これらの方法の有効性を裏付けているんですよ1。
この記事では、30年以上の演奏経験と指導経験から導き出した、大人でも無理なく続けられる練習のコツをシェアします。忙しい日常の中でも、確実に上達を実感できる方法をお伝えしていきます。
NG習慣1:通し練習の落とし穴
いつも同じところでつまずいていませんか?
「最初から最後まで通して弾こう」
多くの方が、こんな風に練習を始めているのではないでしょうか。確かに、曲全体を通して弾くことは、プログラム全体の流れを把握するために大切である場合もあります。
でも、ちょっと待ってください!
冒頭はスムーズに弾けるのに、中盤のあの難しいパッセージになると、いつも指がもつれる。そして、なんとかごまかして最後まで弾き切る…。
これ、実は時間の無駄遣いかもしれません。
ある研究では、成功したピアニストの91%が「大きな作品を管理可能なセクションに分割する」ことを成功の要因として挙げています2。つまり、プロでさえ、いきなり全体を弾くのではなく、部分練習を重視しているんです。
なぜ通し練習では上達しないのか
脳科学の観点から見ると、私たちの脳は「反復」ではなく「変化」に注意を払うようにできています3。同じミスを含んだまま何度も通し練習をすると、脳はそのミスさえも「正しいパターン」として記憶してしまうんです。
実際、認知負荷理論という考え方があります4。
簡単に言うと、私たちの脳が一度に処理できる情報量には限界があるということ。曲全体を通して弾こうとすると、脳は膨大な情報を同時に処理しなければならず、結果として細かい部分への注意が散漫になってしまうんです。
部分練習のすすめ:1日5分から始める方法
では、どうすればいいのでしょうか?
答えはシンプル。「部分練習」です。
私がおすすめするのは、以下のような段階的アプローチです。
- 問題箇所の特定(1分)
- 限られた部分の集中練習(3分)
- 前後のつなぎ練習(1分) 部分練習した箇所の前後を含めて練習し、自然な流れを作ります。
たったこれだけ。合計5分です。1日5分で構いません。
問題箇所の特定(1分)
まず、つまずきやすい箇所を明確にしましょう。楽譜に付箋を貼るのも良いですね。
楽譜の見易さを維持するため、普通の付箋より透明の付箋がおすすめです。
限られた部分を集中練習(3分)
問題箇所を区切って、ゆっくり、確実に弾けるまで、そこだけを繰り返し練習します。
私自身、《幻想即興曲》や《ラ・カンパネラ》などの超高速パッセージも、最初は1小節、いや1拍ずつ、亀のようなスピードから始めたんです。でも、数週間後には、信じられないくらいスムーズに弾けるようになっていました。
運動学習の研究では、この方法を「全体-部分-全体アプローチ」と呼びます5。まず全体像を把握し、次に部分を集中的に練習し、最後にまた全体に戻る。このサイクルが、最も効率的な学習を促進することが科学的に証明されているんです。
NG習慣2:指使いを毎回変えてしまう
本番で指が迷子になる恐怖
発表会の日。緊張しながらステージに上がり、演奏を始める。練習では完璧に弾けていたのに、なぜか指が迷子になる。
「あれ?ここは3番の指だっけ?4番だっけ?」
このようにパニックになった経験、ありませんか?
実は、これには明確な原因があります。練習のたびに違う指使いで弾いていると、脳は「正しい運動パターン」を確立できないんです6。
指使いの一貫性がもたらす驚きの効果
神経科学の研究によると、一貫した指使いパターンは、脳内の特定の運動経路を強化します7。これを「手続き記憶」といい、いわゆる「筋肉記憶」として知られているものです。
興味深いことに、ある研究では「間違った指使いパターンを10回反復すると、将来再び間違って演奏する可能性が大幅に増加する」ことが示されています8。つまり、適当な指使いで練習することは、将来の自分に借金を作っているようなものなんです。
最適な指使いを見つける
指使いは、手の大きさや構造に個人差があるため一概に決定する方法は申し上げられないのですが、一定程度は全員共通のルールで決めることができます。
例えば、以下のような手順です。
- ①「絶対この指で弾きたいという音」は先に決める
-
例えば、力強い内声を鳴らしたいと思ったときは1の指を使うと効果的です。こういった譲れないポイントは先に決定してしまいます。
- ②その指の前後の指使いを決める
-
決まるべきところが決まったら、そこに合わせて前後の最適な指使いを決定します。
このように考えることで、最適な指使いが見つかります。そして一度決めたら、楽譜に必ず書き込み、毎回同じ指使いで練習することが大切です。
私の生徒さんの中には、この方法を実践して暗譜の安定性が格段に向上した方が何人もいます。
NG習慣3:いきなり本番テンポで速弾き
憧れの曲を早く弾きたい気持ち、わかります
新しい曲を始めるとき、YouTubeで憧れのピアニストの演奏を聴いて、「早くこんな風に弾きたい!」と思う気持ち、とてもよくわかります。そして、つい最初から速いテンポで弾こうとしてしまう。
しかし、建物を建てるとき、いきなり最上階から作り始める人はいませんよね?ピアノも同じです。しっかりとした基礎がなければ、美しい演奏という建物は建ちません。
ゆっくり練習の科学的根拠
最新の研究によると、音楽家には個人固有の「自発的運動テンポ(SMT)」というものがあり、このテンポから大きく外れた速度での演奏は、脳にとって非常に困難なタスクになることがわかっています9。
さらに興味深いのは、247名の音楽家を対象とした研究で、「段階的なテンポ増加」が最も効果的な練習方法として評価されたことです10。プロの音楽家でさえ、いきなり速く弾くのではなく、徐々にテンポを上げていく方法を選んでいるんです。
運動学習の観点から見ると、ピアノ演奏は(ちょっと難しい言い回しですが)「自由度の問題」の典型例です11。
自由度とは、自由に値を取れるデータの数のことです。
つまり、指、手首、腕、肩など、多くの関節と筋肉を同時にコントロールする必要があります。ゆっくりとした練習により、これらの要素を意識的に制御できますが、早すぎる練習は不適切な運動パターンを定着させてしまいます。
メトロノームを使った段階的テンポアップ法
メトロノームを使って計画的にテンポを上げていく方法もあります。
例えば、ハノンなどに取り組むとき、下記のような週ごとのテンポアップ計画を立ててみるのもおすすめです。
- 第1週:目標テンポの50%
-
- 例:目標が♩=120なら、♩=60からスタート
- 完璧に弾けることを最優先
- 第2週:60%にアップ
-
- ♩=72に設定
- まだまだゆっくり、でも少し音楽的な流れを意識
- 第3週:75%まで上げる
-
- ♩=90に挑戦
- 第4週:90%で仕上げ
-
- ♩=108で練習
- 本番では自然に目標テンポに到達
実際、18の研究をまとめたメタ分析では、メトロノームを使った段階的な練習が運動機能に中程度の正の効果をもたらすことが確認されています12。
大人だからこそできる、賢い練習法
年齢は言い訳にならない
「もう歳だから…」という言葉、大人専門のピアノ教室をやっていると、大変よく聞きます。
でも、最新の脳科学研究は、この考えを完全に覆しています。
なんと、60歳以上の高齢者でも、1年間の段階的なピアノ訓練により、微細運動制御が向上することが実証されているんです13。さらに驚くべきことに、成人の脳でも、わずか10日間の訓練で測定可能な神経可塑性の変化が生じることがわかっています14。
つまり、「大人の脳は柔軟性がない」というのは、完全な誤解だったんです。
大人の強みを活かす練習戦略
実は、大人には子供にはない強みがたくさんあります。
- 1. 自己管理能力
-
大人には自己管理能力があります。例えば「今日は15分だけ」と決めたら、その時間を最大限に活用する集中力があります。
- 2. 分析力
-
楽譜を論理的に分析し、構造を理解する能力は大人の方が優れています。和声進行やフレーズ構造を理解することで、暗譜も楽になります。
- 3. 人生経験
-
音楽の感情表現において、人生経験は大きな武器です。恋愛、別れ、喜び、悲しみ…これらの経験が、演奏に深みを与えます。
研究によると、ワーキングメモリ容量(作業記憶)が演奏スキルの重要な要因であることがわかっています15。そして、この能力は適切な訓練により、年齢に関係なく向上させることができるんです。
忙しい大人のための時間術
仕事や家事で忙しい大人のために、私が実践している「スキマ時間活用法」をお教えします。
- 朝の5分練習
-
出勤前の5分間、スケール練習だけでも効果があります。指を目覚めさせ、一日の準備運動になります。
- イメージトレーニング
-
楽譜を眺めながら、頭の中で演奏するイメージトレーニング。実は、これも立派な練習です16。
- 寝る前の10分復習
-
その日に練習した箇所を、ゆっくりと確認。睡眠中に記憶が定着します。
このように、まとまった時間が取れなくても、工夫次第で効果的な練習は可能です。
まとめ:今日から始められる3つの改善ポイント
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。長くなりましたが、最後に今日からすぐに実践できる3つのポイントをまとめておきます。
1. 部分練習を習慣化する
通し練習の前に、必ず5分間の部分練習タイムを設ける。問題箇所だけを集中的に練習することで、確実な上達を実感できます。
2. 指使いを楽譜に書き込む
一度決めた指使いは必ず楽譜に記入し、毎回同じ指使いで練習する。これだけで暗譜の安定性が格段に向上します。
3. テンポは段階的に上げる
目標テンポの50%から始めて、週ごとに少しずつ上げていく。
これらの方法は、すべて科学的な裏付けがあり、多くのピアニストが実践している方法です。でも、最も大切なのは「楽しむこと」。
音楽は競争ではありません。自分のペースで、自分なりの音楽を追求していけばいいんです。
この記事が皆さんのピアノ人生の充実につながることを願っています!
参考文献
- Worschech, F., et al. (2023). “Improved motor sequence retention by motoric practice in the elderly.” European Journal of Neuroscience. ↩︎
- Duncan, E. (2021). “Practice Strategies of University-Level Piano Students.” International Journal of Music Education. ↩︎
- Schmidt, R. A., & Lee, T. D. (2011). Motor Control and Learning: A Behavioral Emphasis (5th ed.). Human Kinetics. ↩︎
- Sweller, J., et al. (2011). Cognitive Load Theory. Springer. ↩︎
- Magill, R. A. (2011). Motor Learning and Control: Concepts and Applications. McGraw-Hill. ↩︎
- Furuya, S., et al. (2011). “Distinct inter-joint coordination during fast alternate keystrokes in pianists with superior skill.” Frontiers in Human Neuroscience. ↩︎
- Zatorre, R. J., et al. (2007). “When the brain plays music: auditory-motor interactions in music perception and production.” Nature Reviews Neuroscience. ↩︎
- Peterson Piano Academy (2022). “The Science of Piano Fingering Consistency.” ↩︎
- Roman, I. R., et al. (2023). “Hebbian learning with elasticity explains how the spontaneous motor tempo affects music performance synchronization.” PLOS Computational Biology. ↩︎
- Allingham, E., & Wöllner, C. (2022). “Slow practice and tempo-management strategies in instrumental music learning.” Psychology of Music. ↩︎
- Bernstein, N. A. (1967). The Co-ordination and Regulation of Movements. Pergamon Press. ↩︎
- Ghai, S., et al. (2022). “A Review and Meta-Analysis of Interactive Metronome Training: Positive Effects for Motor Functioning.” Perceptual and Motor Skills. ↩︎
- Bugos, J. A., et al. (2007). “Individualized piano instruction enhances executive functioning and working memory in older adults.” Aging & Mental Health. ↩︎
- Villeneuve, M., et al. (2016). “Cortical Motor Circuits after Piano Training in Adulthood: Neurophysiologic Evidence.” PLOS ONE. ↩︎
- Meinz, E. J., & Hambrick, D. Z. (2010). “Deliberate practice is necessary but not sufficient to explain individual differences in piano sight-reading skill.” Psychological Science. ↩︎
- Driskell, J. E., et al. (1994). “Does mental practice enhance performance?” Journal of Applied Psychology. ↩︎