リスト:愛の夢第3番 S.541-3

《愛の夢第3番》はリストの数あるピアノ曲の中でも最もよく知られた作品のひとつ。

愛の夢は『3つの夜想曲』という副題を持つ3曲からなるピアノ曲で、本曲はその第3曲目として作曲されたもの。当初はソプラノ向けの歌曲として作曲されたものをピアノ独奏用に編曲した作品である。

O lieb, so lang du lieben kannst!(おお、愛しうる限り愛せ!)という原曲の歌詞からは人間の恋愛感情を想起させるが、そうした内容ではなく、人類の理想の愛といった壮大なテーマを歌い上げている。

おお、愛しうる限り愛せ!S.298/2の冒頭。原曲にはピアノ版にはない短い序奏があり、ソプラノ歌手向けに作曲されている。

リスト:オラトリオ《キリスト》による2つの管弦楽楽章 S.498b

リストは生涯で3曲のオラトリオを作曲している。作曲された順に《聖エリザベートの伝説》、《キリスト》、《聖スタニスラフの伝説》の3曲である。この記事を読んでいるほとんどの方は初めて聞く曲名ではないだろうかと思う。《聖スタニスラフの伝説》は未完に終わっており、残りの2曲も世界でも数年に一度演奏されるかどうかという、極めて演奏機会が稀な作品であるからだ。

こういった演奏機会が稀な作品であるにもかかわらず、リストはこれらのオラトリオの中から数曲を選んでピアノ独奏用に編曲を残している。今回取り上げる作品は、《キリスト》の中から第4曲と第5曲をピアノ独奏用に編曲したものだ。原曲では第1部『クリスマス・オラトリオ』のクライマックスを飾る2曲として位置している作品である。

リストは自身のオーケストラ作品をピアノ独奏用に編曲するということをしばしば行っている。有名なピアノ曲では《メフィスト・ワルツ第1番》、《2つの伝説》なども管弦楽版が存在している。特筆すべきは編曲の完成度の高さである。リストの頭の中ではオーケストラとピアノの音色が完璧に対応しており、どちらも楽器としても魅力が最大限引き立つよう配慮されている。こういった作曲者の優れた一面は、もっと知られても良いのではないかと個人的に思う。

第1曲:飼い葉桶の羊飼いの歌

第1曲:飼い葉桶の羊飼いの歌の冒頭。

第4曲『飼い葉桶の羊飼いの歌』はベートーベンの《交響曲第6番「田園」》などでよく知られたパストラルである。平穏な朝を告げるような導入は、原曲の管弦楽版では木管楽器で演奏される。

パストラルとは羊飼いの平穏な生活を描いた音楽を指す。オラトリオ(宗教音楽)の中にパストラルが含まれる理由は、羊飼いたちが赤ん坊のイエス・キリストを訪ねるシーンがあるからだ。この曲はまさにそのシーンの描写に対応している。ハ長調で演奏されるクライマックスは、羊飼いたちがキリストと出会うシーンに対応しているのだろう。

本曲のクライマックス

第2曲:東方三博士―行進曲

第2曲:東方三博士の冒頭

原曲では第1部「クリスマス・オラトリオ」の最後を締めくくる壮大な行進曲である。前曲の静けさを引き継いで静かに始まり、やがて弦楽器のピッチカートで演奏される主題が開始される。静かでありながら着実で弾力のある主題である。このテーマは形を変えながら一歩一歩着実に音楽を推進していくが、続けてグレゴリオ聖歌のような第2テーマが出現する。リズムの骨の太さが際立つ行進曲主題とは対象的に甘美で柔らかな主題である。

第2テーマ。楽譜には三博士の言葉が添えられている。

ピアニッシモで奏でられる第2テーマはスケールが大きくなり、フルオーケストラでフォルテッシモで演奏される。やがて感情が沈静化すると続いて第3テーマが出現する。

第3テーマ。原曲では弦楽器の厚いオーケストレーションで、非常にドラマチックな描写になっている。

最後はこれまでに登場した3つの主題が組み合わさって最高の盛り上がりを見せる。曲はフルオーケストラのままフォルテッシモで曲を締めくくる。

イェディディア:ピアノソナタ第5番

ロン・イェディディア(1960-)はイスラエルのテルアビブに生まれ、現在はアメリカ・ニューヨークを拠点に活動しているコンポーザー・ピアニスト(作曲家兼ピアニスト)である。

クラシック、ジャズ、フォークソング、民俗音楽バンドなど、豊富な音楽の教養を生かして幅広いジャンルで作品を残している。一方で優れたピアニスト、アコーディオニストとしても活動し、作曲家としても演奏家としても今なお一線で活躍する音楽家だ。

彼の作品は多岐にわたるが、ピアノ・ソロ作品に一本主軸が通っていると言えるだろう。その基幹にあるとも言える作品が6曲のピアノソナタだ。多様な作品を書く彼らしく、いずれの作品も個性豊かであり、同一の音楽家が書いたとは思えないほどそのキャラクターは際立っているように感じるだろう。

しかし6曲中5曲は単一楽章形式で書かれていることや、ジャズ風の和声への傾倒など、一定の傾向が見られる一面もある。また彼自信の発言によると、ストラヴィンスキー、プロコフィエフ、スクリャービンといった近現代のピアノソナタの大家である作曲家から多大に影響を受けているとのことである。

今回演奏する第5番は非常に巨大な作品で、演奏時間は60分にも達する。被献呈者のマルク=アンドレ・アムランはこの曲を「モンスター」と称したそうだが、単一楽章形式のピアノソナタとしては異例の規模を持つ作品と言えるだろう。ある意味この「巨大さ」がこの曲のテーマと言ってよさそうだ。

さて、これから楽譜を交えながら詳しくこの作品の内容に迫っていこう。(楽譜は作曲者から掲載許諾済み)

第1主題は3連符主体で構成されており、ジーグやタランテラといった舞曲を想起させる。ハイテンポかつ独特のテンションで演奏されるこのテーマはジャズの即興のようであり、地獄の釜の底で狂喜乱舞しているような不気味な世界観を描写している。

ピアノソナタ第5番の1ページ目。ここで登場するモチーフは全曲にわたって繰り返し使用されている。

この狂気とも言える乱舞の中で、様々な形でオスティナート(ostinato)が使われている。オスティナートは他の作品でも頻繁に使用されており、彼の作品を特徴づけるものの一つであるといえるだろう。

曲はオルガン風で穏やかなエピソードを間に挟み、スケルツォ風の第2主題に進んでいく。

第2主題

3連符で構成された第1主題とは対照的に16分音符主体のテーマである。性格もどちらかといえば冗談交じりで幸福感のある始まり方である。しかし次第に音楽は崩壊的に進み、ある種の怒りや葛藤をぶつけるような激しい感情をあらわにする。

感情的なStrepitoso。低音の打楽器が打ち鳴らされるような、激しいエピソードだ。

しかしこの盛り上がりは続かず、得意のオスティナートで美しく音楽を彩りながら、天井の音楽へ変貌を遂げていく。十分時間をかけて激しい感情がクールダウンしていき、最終的に一旦曲が閉じるような形になる。主要主題が終わるこのあたりまで、演奏時間はだいたい25分くらいだろう。(長い!)

曲はまだまだ終わらない。ここからは第1主題を元にした巨大なフガートが始まる。非常に難解で、全曲通して最も演奏至難な箇所だけに、演奏者の腕の見せ所だ。

第2主題の終結部とフガートの主題。ほとんど音楽は終わったように錯覚するが、間に休符は挟んでおらずこの音楽が終わらないことを示している。そして巨大なフガートの主題!(100音以上ある)

複雑な進行を経て金管楽器のファンファーレのようなクライマックスに達する。(楽譜にはgongs and bellsと記載がある。)このとき、左手のモチーフは第1主題からモチーフが印象的に引用されているのがわかる。

ここから曲はようやく後半戦といったところだ。

これまで登場したモチーフが様々な形で現れるものの、明確な再現部というよりは独自の方向に向かっていく印象を受ける。例えば以下に示すような(彼が好きな)ドビュッシー風のエピソードはこれまでのモチーフを踏襲しながらも、これまでにない美しく豊かな情景を思い起こさせてくれるだろう。

ドビュッシーの前奏曲「西風に見たもの」を思い出す。

長大なエピソードを何度も挟みながら、音楽はまるで精神世界からの離脱を表すように、目覚ましいオクターブの連続で再び激化した感情が爆発する。

オクターブの乱打と、右手のJazzyな和音が強烈だ。

前半ではこの感情は長く続かず沈静化したが、後半ではこの勢いを保ちながら凄まじい和音の連続が続く。感情のコントロールを失い、まさに暴れまわる「モンスター」が出現するような場面だ。

楽譜から感じる圧がすごい場面だ。

この後3連符主体のテーマが一気に終結部に向かって執拗に突き進んでいく。その途中、フガートを思い出すインヴェンション風のエピソードは、飛翔感があって爽快だ。

まさに飛翔

そして曲はクライマックスへ…。ここから先は演奏会でのお楽しみだ。