
ピアノ練習に間隔効果は通用しない?最新研究が示す意外な事実

はじめに:ピアノ学習と間隔効果
「間隔効果」とは、勉強と勉強の間に適度な時間を空けることで、記憶に残りやすくなる現象です。
例えば、英単語を覚えるとき、1日で3時間続けて勉強するより、1時間ずつ3日に分けて勉強する方が、より効果的に記憶に定着します。
これは、時間を空けることで脳が情報を整理し、より深く記憶に刻まれるためと考えられています。
一夜漬けよりも、少しずつ繰り返し学習する方が効果的なのは、まさにこの間隔効果によるものです。
この間隔効果は、言語学習の分野で最も強固な現象の一つとされており、その効果量も大きいことが示されています。
しかし、ピアノ学習のような複雑な運動技能においては、この間隔効果が確認されなかったという研究があります1。
この研究では、ピアノの未経験者を対象に、17音の楽譜の再現性や、短い曲の演奏における音の正確性、打鍵の強さ、タイミングの一貫性などを測定しましたが、学習セッション間の間隔(0分、1分、5分、10分、15分)や、テストまでの保持間隔(5分)を変化させても、間隔効果は現れませんでした。
間隔効果が現れなかった理由
なぜ、ピアノ学習において間隔効果が現れなかったのでしょうか?
その理由としては以下の2つが考えられます。
① 複雑な運動技術だから
複雑な運動技能であるためピアノ演奏のような複雑な運動技能や非言語的能力(タイミングや運動技能)では、間隔効果が常に実証されるわけではない可能性があります。
先行研究の大部分は言語学習に焦点を当てており、運動学習に関する文献は10%未満、音楽学習に関する文献はほとんど存在しないのが現状です。
そのため、複雑な運動技能における効果は、言語学習とは異なると考えられています。
② 忘却が生じなかったから
間隔効果を説明する主要な理論の一つに「学習段階検索理論 (study-phase retrieval theory)」があります。
これは、一度学んだ記憶の痕跡を、時間を置いてもう一度思い出す(検索する)プロセスが、その記憶をより強くするという理論です。
特に、記憶の痕跡が思い出すのが難しいほど、検索が成功したときに記憶がより強化されるとされています。
しかし、この研究では、学習セッション間の間隔が最大でも15分、テストまでの保持間隔も5分と非常に短かったため、学習した意味情報が忘却される機会がほとんどありませんでした。
忘却がほとんど生じなかったため、記憶を強化するための「検索」のプロセスが十分に働かず、間隔効果が確認できなかった可能性が指摘されています。
研究者らは、今後、忘却が生じるようなより長い間隔と保持期間を設定する必要がある可能性を提案しています。
この研究結果から考える:ピアノ学習者はどう練習すべきか?
この研究結果は、ピアノ学習者にとって重要な示唆を含んでいます。
1. 短時間の休憩では効果が期待できない
15分以内の短い休憩を挟んだ分散練習では、言語学習のような明確な効果は期待できません。
2. より長期的な間隔を検討する価値がある
研究では最大15分の間隔しか検証されていません。
日単位、週単位での練習間隔を設けることで、異なる結果が得られる可能性があります。
例えば、同じ曲を毎日練習するよりも、2〜3日おきに練習する方が効果的かもしれません。
3. 忘却と再学習のサイクルを意識する
完全に覚えた直後に繰り返すのではなく、少し忘れかけた頃に再度練習することで、より深い定着が期待できます。「まだ覚えているから大丈夫」と思う段階ではなく、「少し忘れかけている」段階で復習することが重要です。
4. 技術練習と暗譜は分けて考える
この研究は、運動技能(指の動き)と記憶(暗譜)の両方を測定しています。
実際の練習では、これらを分けて考える必要があるでしょう。
技術的な練習は毎日行い、暗譜は間隔を空けて行うなど、練習内容によって戦略を変えることが有効かもしれません。
5. 個人差を考慮する
研究対象者はピアノ未経験者でした。
経験者や上級者では異なる結果が得られる可能性があります。自分のレベルや経験に応じて、最適な練習間隔を見つけることが大切です。
まとめ
言語学習で強力な効果を示す「間隔効果」が、ピアノ学習では確認されなかったという事実は、音楽教育に携わる者にとって重要な発見です。
しかし、これは「分散練習が無意味」ということではありません。
むしろ、ピアノのような複雑な技能習得には、単純な暗記とは異なるアプローチが必要であることを示しています。今後の研究で、より長い間隔での効果が検証されることが期待されます。
参考文献
1 Wiseheart M, D’Souza AA, Chae J (2017) Lack of spacing effects during piano learning. PLoS ONE 12(8): e0182986. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0182986